見た目のいい靴を、脱いだ日──『アート・オブ・スペンディングマネー』に教わった、物の価値の決め方

深夜の机に置かれた読書灯と本と使い込まれた木の靴べら 静の処方箋

見た目のいい靴を、買ったことがある。

高くて、硬くて、履きにくい靴だった。

その靴を履いた日、俺は商談よりも、
自分の足のことばかり考えていた。

見た目で選んだ靴

周りから、どう見られるか。
あの頃の俺は、それを気にしていた。

初対面では、足元を見られる。
そう思って、ブランドの靴を買った。

磨かれた革に、細身の形。
鏡の前に立つと、少しだけ、できる営業に見えた。

履き心地より、見た目。
自分の足より、他人の目。

選んでいたのは靴ではなく、
人からの評価だったのかもしれない。

──でも、その靴は、俺の一日を支えてはくれなかった。

靴擦れと、集中できない頭

硬い革が、かかとに当たる。
得意先を一軒回るたびに、痛みが増していった。

商談の最中も、頭の片隅では足のことを考えていた。

雨が降れば、靴が傷まないか気になる。
段差を上がれば、つま先を擦らないか気になる。

痛みと、余計な心配。
相手の話を聞くための頭の容量が、そこに取られていた。

見られるための靴が、
見るべきものを、見えなくしていた。

──それに気づいたのは、靴を替えてからだった。

歩きやすい靴に、替えた

靴擦れがひどくなって、別の靴を買った。

値段は安くて、見た目もごく普通。
ただ、歩きやすかった。

替えてみて、驚いた。

痛みがなくなっただけじゃない。
「傷つけたくない」という考えも、きれいに消えた。

雨の日も、段差も、気にならない。
頭の中が、目の前の商談だけになった。

──そのとき、ある本の言葉が腑に落ちた。

物の価値は、自分の人生に役立つかで決まる

モーガン・ハウセルの『アート・オブ・スペンディングマネー』に、こんな意味の言葉がある。

物の価値は、それが自分の望む人生に役立つかどうかで決まる。

本の中では、「実用性」と「ステータス」が対比されている。
見栄のために、価値観の違う人に合わせてお金を使えば、自分を押し殺すことになる。
実用性は、良い意味で利己的だ。自分と大切な人の生活を良くすることが、何より優先される。

俺にとって靴は、得意先を回るための道具だった。
見られるためではなく、歩くためのものだった。

これは、高い靴が悪いという話じゃない。
歩きやすいのが高い靴なら、それを選べばいい。

基準は、値段でも見た目でもない。
「何のために使うか」だ。

──道具は、使う人を支えるためにある。

明日、ひとつだけ

毎日使っている物を、ひとつ選ぶ。
そして、「これは見られるためか、使うためか」を考えてみる。

使うための物を、見られるために選んでいたら。
それは、自分の一日を少しずつ削っているかもしれない。

物を選ぶ基準を、他人の目から、自分の一日に戻す。
と、俺は思っている。

──今夜もまた、明日履く靴を玄関にそろえてから、読書灯を点ける。

同じ夜を戦う、戦友へ

📚 お金の使い方を、自分の物差しで決めたい人へ
『アート・オブ・スペンディングマネー』モーガン・ハウセル

お金をどう貯めるかではなく、どう使うかから考える本だ。
俺は、靴の話でこの本の言葉が腑に落ちた。読む人ごとに、自分の「靴」が見つかる一冊だと思う。

このブログ「深夜の読書灯」では、
懸命に生きる父・事業主・サラリーマンが、書籍から学んだ「仕事術」や「生き方」を発信している。

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@shinyadokushoto

──今夜もまた、どこかで一つ、読書灯が灯る。

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