無口な先輩を、俺は誤解していた──『路傍のフジイ』に学ぶ、見えている部分だけで人を決めない

深夜の机に置かれた読書灯と漫画の単行本と蓋の少し開いた木箱 静の処方箋

数年前、転勤で今の職場に来た。
同じタイミングで、もう一人、別の拠点から来た先輩がいた。

口数が少なく、目つきが鋭い。
話しかけても、返ってくるのは短い言葉だけ。

怒っているのかもしれない。
俺は、嫌われているのかもしれない。

しばらくの間、俺は本気でそう思っていた。

──それが、まるごと俺の勘違いだったと知るのは、もう少し先の話だ。

無口な先輩を、俺は「合わない人」だと決めていた

同じ時期に、同じ職場へ来た二人。
本当なら、一番頼り合える相手だったはずだ。

でも、俺は先輩との距離を測りかねていた。

新しい職場で、俺自身にも余裕がなかった。
慣れない得意先、慣れない人間関係。
そこに、何を考えているのか分からない先輩がいる。

用がある時だけ、必要なことだけを話す。
それ以上は、踏み込まなかった。

営業なのに、こんなに口数が少ない。
きっと、この仕事にそれほど思い入れはないんだろう。

いつの間にか、俺の中で先輩の人物像は出来上がっていた。

人間的に、合わない人。

──その見立てが崩れたのは、ある日の得意先だった。

得意先で見た、別人のような先輩

ある時、先輩と一緒に仕事をすることになった。
得意先へ同行した日のことだ。

部屋に入った途端、先輩はよく話した。

自分たちの商品を通して、得意先に、そしてその先にいる人に、どうなってほしいか。
それを、まっすぐに話していた。

一方的に話すだけじゃない。
得意先の意見をじっくり聞いて、商品のほかの活かし方はないかを、一緒に考えていた。

思い入れがない、なんてとんでもなかった。
誰よりも、熱があった。

帰り道、思い切って話しかけてみた。
先輩は、ちゃんと話してくれた。

普段あまり話さないのは、人に興味がないからじゃない。
心を開ける相手、本音で話せる相手には、ちゃんと自分のことを知ってほしい。
そういう人だった。

無口なのではなく、言葉を大事にしている人だった。

──俺が見ていたのは、先輩のほんの一部だった。

『路傍のフジイ』が教えてくれた「誤解はお互い様」

鍋倉夫の『路傍のフジイ』に、こんな場面がある。

職場で、主人公の藤井は「孤独でつまらない人」だと思われている。
それに憤った後輩の石川さんが、藤井さんは面白い人だ、みんな誤解している、と訴える。

藤井は、怒らない。
むしろ、自分も石川さんがこんなに話す人だとは知らなかった、と返す。

誤解は、お互い様だ。
会社で素を見せないのは、みんな同じだ。

そんな意味の言葉だった。

この場面を読んだ時、あの先輩の顔が浮かんだ。

俺は、先輩が「誤解されるような態度を取っている」と思っていた。
でも、違った。

会社という場所は、もともと人が一部しか見せない場所だ。
俺が見ていたのは、「会社にいる時の先輩」の、さらに一部にすぎなかった。

誤解の原因は、見られる側だけにあるんじゃない。
見る側にも、ある。

──そしてそれは、俺だけの話じゃなかった。

人は、見えている部分で全体を決めてしまう

心理学には、確証バイアスという言葉がある。
一度「こういう人だ」と思うと、それに合う情報ばかりが目に入るようになる。

短い返事は「怒っている」証拠に見える。
鋭い目つきは「嫌われている」証拠に見える。

一度できた人物像は、勝手に補強されていく。

俺の場合は、たまたま一緒に仕事をする機会があった。
だから、誤解を解くことができた。

でも、同じ会社にも、普段あまり話さない人は一定数いる。
接する機会がなければ、誤解は誤解のまま残る。

もしかしたら、俺自身も。
誰かの中で、まったく違う人物として出来上がっているのかもしれない。

──だとしたら、できることは一つしかない。

明日できること──その人の「得意な場所」で、一度だけ話を聞く

印象だけで「合わない」と決めかけている人がいたら。

その人が一番熱を持っていそうな仕事について、一つだけ質問してみる。

雑談じゃなくていい。
その人の得意な場所で、一度だけ話を聞いてみる。

先輩が話し始めたのは、得意先という、先輩の熱がある場所だった。
人は、自分の熱がある場所でなら、言葉を出してくれる。

見えている部分だけで、人を決めない。
決める前に、一度だけ、見えていない部分を見に行く。

それだけで、職場の見え方は少し変わる。

──今では、あの先輩は、俺が本音で話せる数少ない人の一人だ。

同じ夜を戦う、戦友へ

📖 職場の誰かを、少し決めつけてしまっている人へ
『路傍のフジイ』鍋倉夫

職場で目立たない一人の会社員と、彼に触れた周りの人たちの日常を描く物語だ。

このブログ「深夜の読書灯」では、
懸命に生きる父・事業主・サラリーマンが、漫画から学んだ「仕事術」や「生き方」を発信している。

同じ夜を過ごす戦友がいるなら、Xでも繋がりたい。

@shinyadokushoto

──今夜もまた、どこかで一つ、読書灯が灯る。

コメント

タイトルとURLをコピーしました