頼んだ仕事が、1週間たっても上がってこなかった。
声をかけると、相手はこう言った。
「そんなに急いでないと思って、まだ少ししか進めてないんだ」
悪いのは、相手じゃなかった。
期限を伝えていなかったのは、俺の方だった。
急ぎだと、言わなくても分かると思っていた。
そんな思い込みが、静かに外れた日の話を書こうと思う。
1週間後に声をかけた日
あるプロジェクトの途中で、重要なタスクをひとつ、チームの先輩にお願いした。
「これ、お願いできますか。大事なやつなので」
俺が伝えたのは、それだけだった。
頭の中では、1週間もあれば仕上がってくるつもりでいた。
先輩なら、それくらいは分かってくれる。
疑いもしなかった。
1週間後、進み具合を聞きに行った。
返ってきたのが、冒頭の一言だった。
先輩は、悪びれる様子もなかった。
当然だ。急ぎだとは、一度も言われていないのだから。
結果として、プロジェクトに大きな支障は出なかった。
ただ、チームの中に、小さな違和感だけが残った。
──なぜ俺は、たった一言の期限を言えなかったのか。
言えなかった、二つの理由
一つ目は、遠慮だった。
相手は先輩だ。
年次が上の人に「いつまでに」と区切るのは、急かしているようで気が引けた。
言わなかったんじゃない。
言えなかった、が正しい。
二つ目は、当たり前だと思っていたことだ。
同じ会社の、同じ部署。
人から振られた仕事は、早めに終わらせて返す。
俺にとっては、それが普通だった。
でも、それは俺の物差しだった。
相手も同じ物差しを持っていると、勝手に決めていた。
遠慮と、思い込み。
二つが重なって、期限という一言は、口から出ないまま終わった。
──ただ、ズレの原因は、それだけではなかった。
頼む側と受ける側では、ゴールの位置が違う
あとから振り返って、気づいたことがある。
頼んだ俺にとって、そのタスクの完了は、途中の一歩でしかなかった。
その先に、まだ次の工程がある。
前倒しで進めば、プロジェクト全体が前に進む。
だから、質もスピードも、両方が欲しかった。
一方、受けた先輩にとっては、そのタスクを仕上げることがゴールだ。
丁寧にやれば、それでいい。
急ぐ理由は、どこにも書かれていない。
同じタスクを見ていても、立っている場所が違う。
「大事なやつなので」という言葉は、質の高さは伝えても、速さまでは運ばなかった。
以前、頼まれた言葉をそのまま渡さず、目的を渡した話を書いた。
今回の俺は、その逆だった。
時間の軸を、渡し損ねていた。
──それでも、俺はどこかで、相手に察してほしかった。
気持ちは、言葉でしか渡せない
森博嗣の『詩的私的ジャック』に、こんな意味の言葉がある。
気持ちは、黙っていて伝わるものではない。
伝えたいなら、言葉にするしかない。
相手が察してくれると期待するのは、甘えだ。
読んだときは、ただの理屈っぽい台詞だと思っていた。
今は、少し耳が痛い。
先輩だから、分かってくれる。
同じ部署だから、言わなくても通じる。
それは信頼じゃなかった。
自分の物差しを、相手に預けていただけだった。
俺は改めて、先輩に期限を伝え直した。
「1週間後までにお願いできますか」と、具体的な日付で頼み直した。
言ってしまえば、たった一言だった。
それからは、仕事を頼むときも、頼まれたときも、期限を確かめるようにしている。
いつまでに、少なくとも最初の一歩を出せばいいか。
──言葉にするのは、相手を急かすことじゃない。同じ時計を見ることだ。
明日、ひとつだけ
頼むときも、頼まれたときも。
「いつまでに、最初の一歩を出せばいいか」を、一言で確かめる。
完成の期限じゃなくていい。
最初の一歩だけでいい。
頼む側なら、「いつ頃、一度見せてもらえそうですか」と聞く形でもいい。
頼まれた側なら、「まず、いつまでに何を出せばいいですか」と聞けばいい。
それだけで、見えている景色が少し揃う。
言わなくても分かる関係は、言葉を重ねた先にしかない。
と、俺は思っている。
──今夜もまた、明日頼む仕事の期限を、手帳に一行書き足す。
同じ夜を戦う、戦友へ
もし今夜、言いかけた一言を飲み込んだあなたへ。
2冊、置いていきたい。
📖 言葉にすることの重さを、物語で味わいたい人へ
『詩的私的ジャック』森博嗣
工学部の助教授・犀川創平と、学生の西之園萌絵が事件に向き合う、S&Mシリーズの一冊だ。
理屈で考え抜く人たちの会話の中に、ふと、人の気持ちの話が差し込まれる。
📚 言いにくい頼みごとを、言葉で通したい人へ
『伝え方が9割』佐々木圭一
同じ内容でも、伝え方ひとつで相手の答えが変わる。
頼みごとで「イエス」をもらう言葉の組み立て方を、誰でも使える技術としてまとめた本だ。
遠慮で期限を言いそびれてしまう人ほど、手元に置いておきたい一冊かもしれない。
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──今夜もまた、どこかで一つ、読書灯が灯る。


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