商談の帰り際、得意先の一人が、ぽつりと言った。
あの人なら、使ってくれるかもしれない。
同じ組織にいる人の名前だった。
会ったこともない。
連絡先も知らない。
どんな人なのか、何も分からなかった。
──それでも俺は、翌日に電話をかけた。
いつもの俺なら、まず調べてから行く
俺の武器は、慎重さだと思ってきた。
会う前に、相手のことを調べる。
周りの人に、どんな人かを聞いておく。
一度で決めようとせず、面会を重ねて、少しずつ距離を縮める。
前に、その話を書いたこともある。
『あいつの方が上かもな』と言われた夜──『アイシールド21』蛭魔妖一に学ぶ、あるもので戦う技術
弱点だと思っていた慎重さが、実は武器だった。
そういう話だ。
だから、知らない人に会いに行く時も、いつもならまず下調べから始める。
──でも、今回はその時間がなかった。
待てば、この話は消える
ぽつりと出た名前は、ぽつりと消える。
調べて、周りに聞いて、準備が整うのを待つ。
その間に、話は流れていく。
名前を出してくれた人も、言ったこと自体を忘れるかもしれない。
怖さはあった。
どんな人か分からない。
知らない営業から、突然電話がかかってくる。
警戒されて、会ってもらえないかもしれない。
慎重な俺には、待つ理由がいくらでも見つかった。
──そのとき、ある漫画の場面が頭に浮かんだ。
得意が一つなら、それで突破するしかない
渡辺航の『弱虫ペダル』に、こんな場面がある。
自転車部に入ったばかりの主人公・小野田が、先輩の巻島に問われる。
得意なものが一つだけあって、それにフタをされたらどうするか。
待つのか。逃げるのか。回り道をするのか。落ち込むのか。
突破するしかない。
俺たちには、それしかないのだから。
そんな意味の言葉だった。
あの時の俺は、いつもの武器にフタをされていた。
調べる時間も、面会を重ねる時間もない。
残っていた武器は、一つだけだった。
速さだ。
──だから、待つのをやめた。
翌日に電話をかけ、翌週に会えた
名前を聞いた翌日、電話をかけた。
警戒されるかもしれない。
それでも、用件を短く伝えて、会ってもらえないかと頼んだ。
翌週には、会うことができた。
一つだけ、決めていたことがある。
名前を出してくれた人のことは、言わない。
あの人から聞いた、と言えば、話は早いかもしれない。
でも、自分の知らないところで名前が回っていたと知れば、相手は構える。
名前を出してくれた人にも、迷惑がかかるかもしれない。
だから、こちらからは何も言わなかった。
その代わり、商品のことを丁寧に紹介した。
相手の仕事のどんな場面で役に立てるのか。
その使いどころを、相手が自分で見つけられるように話した。
商品は、すぐに使ってもらえた。
後日、名前を出してくれた人には、お礼を伝えた。
あの一言のおかげで、すぐに動けた。
そして、その先で使う人の役に立てた。
──慎重さを置いていったからこそ、届いた話だった。
明日、ひとつだけ
チャンスの気配を感じたら、
準備が整うのを待たず、まず一つアクションを起こしてみる。
調べるのは、そのあとでもいい。
準備が足りない分は、動きながら埋められる。
でも、消えた機会は、もう戻ってこない。
──今夜もまた、明日踏み出す一歩を一つだけ決めてから、読書灯を落とす。
同じ夜を戦う、戦友へ
📖 得意なものに、フタをされた人へ
『弱虫ペダル』渡辺航
自転車に乗る楽しさを知った少年が、仲間とともにロードレースの世界へ踏み込んでいく物語だ。
このブログ「深夜の読書灯」では、
懸命に生きる父・事業主・サラリーマンが、漫画から学んだ「仕事術」や「生き方」を発信している。
同じ夜を過ごす戦友がいるなら、Xでも繋がりたい。
──今夜もまた、どこかで一つ、読書灯が灯る。

コメント