子どもに、強い声を出した。
大したことじゃなかった。
いつもなら、笑って流せるようなことだった。
驚いた顔を見て、はっと我に返った。
今、俺は何に怒ったのか。
怒っていたのは、子どもにじゃなかった。
件数を取るしかなかった
事業を始めたばかりの頃だ。
実績もない。名前も知られていない。
受けられる仕事は、どれも単価が低かった。
稼ごうと思えば、件数を取るしかない。
一件でも多く受ける。
受注件数と売上を、毎日のように確かめる。
数字が増えると、前に進んでいる気がした。
──でも、増えていたのは数字だけじゃなかった。
増えたのは、売上だけじゃなかった
件数が増えれば、作業の時間も増える。
本業を終えて、夜に事業の仕事をする。
それでも終わらず、睡眠を削った。
家族と過ごす時間が、少しずつ減っていった。
同じ家にいるのに、どこか寂しかった。
寝不足が続くと、余裕がなくなる。
小さなことで、イライラするようになった。
自分では、気づいていなかった。
頑張っているつもりだったからだ。
──その疲れが、一番近くにいる相手に向いた。
はっと、我に返った
あの夜、子どもに八つ当たりをした。
声を出した瞬間に、分かった。
悪いのは子どもじゃない。
余裕をなくしていた、俺の方だ。
そもそも、事業を始めたのは何のためだったか。
経済的な自立を早めて、家族と過ごす時間を作るためだった。
その事業のために、家族との時間を削っていた。
その疲れを、家族にぶつけていた。
いつの間にか、件数と売上が目的になっていた。
──そのとき思い出したのが、ある本の言葉だった。
お金は、ガソリンだ
モーガン・ハウセルの『アート・オブ・スペンディングマネー』に、こんな意味の言葉がある。
お金は、長いドライブのガソリンのようなものだ。
途中でガス欠になるのは避けたい。
でも、目的はガソリンスタンドを巡ることじゃない。
稼ぐことが自分の一部になると、
お金は手段ではなく、自分を動かす主人になってしまう。
著者は、自分は父親であり、夫であり、友人だと書いている。
お金で、その一つ一つを満たせるならいい。
でも、お金そのものを自分の一部にはしたくない、と。
あの頃の俺は、ガソリンを入れることに夢中だった。
どこへ向かって走っていたのかを、忘れていた。
以前、同じ本から、靴の話を書いた。
物も、お金も、何のために使うかで価値が決まる。
──目的地は、最初から助手席に乗っていた。
受ける前に、一つだけ問う
それから、仕事を受ける前に、自分に一つだけ問うようにした。
この仕事で得られるのは、
削る時間と同等か、それ以上のお金や対価か。
仕事を受ければ、その分の時間がなくなる。
夜の時間か、眠る時間か、家族と過ごす時間か。
その時間と引き換えにしてまで、受ける仕事なのか。
そう問うと、件数を数えていた頃には見えなかったものが見えてくる。
増やすべきなのは件数ではなく、一件の重みだった。
数字は、今も気にしている。
ガス欠になれば、どこへも行けないからだ。
ただ、数字は目的地じゃない。
目的地は、家族と過ごす時間だ。
──ガソリンは、目的地に着くためにある。
明日、ひとつだけ
次に仕事や頼まれごとを受ける前に、一度だけ自分に問う。
「これで得られるものは、削る時間と同等か、それ以上か」
答えに迷ったら、少し立ち止まる。
数字そのものが、目的になっているかもしれない。
満タンのタンクより、
隣に座っている人の方が、大事だ。
と、俺は思っている。
──今夜もまた、子どもの寝顔を見てから、読書灯を点ける。
同じ夜を戦う、戦友へ
📚 稼ぐ理由を、見失いかけている人へ
『アート・オブ・スペンディングマネー』モーガン・ハウセル
お金の貯め方ではなく、使い方から人生を考える本だ。
俺は靴の話で一度、この本に助けられた。今回は、お金そのものとの距離の取り方を教わった。
このブログ「深夜の読書灯」では、
懸命に生きる父・事業主・サラリーマンが、書籍から学んだ「仕事術」や「生き方」を発信している。
同じ夜を過ごす戦友がいるなら、Xでも繋がりたい。
──今夜もまた、どこかで一つ、読書灯が灯る。


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