準備した大舞台が、開催されないまま終わった──『はじめの一歩』鴨川会長と、報われなかった努力の行き先

深夜の机に置かれた読書灯とボクシンググローブと漫画の単行本 熱の処方箋

何ヶ月もかけて準備したイベントが、
一度も開催されないまま、消えたことがある。

誰かのミスじゃない。
俺の努力不足でもない。

世界中の誰にも、どうにもできない理由だった。

あの時の悔しさを思い出すたび、
『はじめの一歩』の鴨川会長の、あの言葉が浮かぶ。

努力した者が、全て報われるとは限らない。
しかし、成功した者は皆、努力している──

そんな意味の、残酷で、同時に希望のある言葉だ。

報われなかった努力は、どこへ行くのか。

俺の答えになった実体験を、今日は書こうと思う。

開催されなかった大舞台

数年前、俺はひとつの大きなイベントを企画していた。

新商品を世に広めるための、プロモーションの舞台。
その分野の第一人者たちに登壇を依頼して、
会場を押さえ、プログラムを組み、案内を出す。

何ヶ月も前から、コツコツ準備を積み上げてきた。

依頼の手紙を書き、調整を重ね、
当日の進行を何度も頭の中でリハーサルした。

これが成功すれば、新商品は一気に広まる。
俺のキャリアにとっても、大きな一歩になるはずだった。

──そこに、新型コロナウイルスがやってきた。

世の中は外出自粛。
人を集めるイベントなんて、もってのほか。

開催は延期、延期、そして白紙。

誰も悪くない。
登壇者も、会社も、俺も、何も間違えていない。

ただ、世界の状況が、すべてを飲み込んだ。

さらに追い打ちをかけるように、
制限が解けないまま、俺に転勤の辞令が出た。

あのイベントは、結局、
一度も日の目を見ることなく終わった。

積み上げた準備も、調整も、頭の中のリハーサルも。
成果としては、ゼロ。

引き継ぎ資料の片隅に、
「中止」の二文字だけが残った。

正直、しばらく引きずった。

頑張れば報われる。
ずっとそう信じてやってきた人間にとって、
「誰のせいでもなく、努力が消える」という経験は、
思った以上に、こたえた。

努力した者が、全て報われるとは限らん

『はじめの一歩』に、鴨川会長という老トレーナーがいる。

ボクシングの世界で生きてきた、頑固な老人。
主人公を世界へ導いていく、育ての親のような存在だ。

その会長の言葉で、一番有名なのが、これだと思う。

努力した者が全て報われるとは限らない。
しかし、成功した者は皆、努力している──

そんな意味の言葉だ。

初めて読んだ若い頃は、
後半だけを受け取っていた。

「そうか、成功したければ努力だな」と。

でも、あのイベントが消えた後に思い出したのは、
前半の方だった。

努力した者が、全て報われるとは限らない。

この言葉のすごさは、
努力を美化していないところにある。

頑張れば必ず報われる、とは言っていない。
報われない努力がある現実を、
真正面から認めている。

その上で、こう続く。

それでも、成功の側には、必ず努力がある。

つまり、こういうことだ。

努力は、成功の「保証」にはならない。
でも、成功の「条件」ではあり続ける。

報われるかどうかは、選べない。
運も、時代も、世界の状況も、こちらでは動かせない。

選べるのは、ひとつだけ。

報われる日が来た時に、
その場所に立っていられる側でいるかどうか。

──あの時の俺に必要だったのは、
この整理だったんだと思う。

消えたイベントを嘆き続けるか。
努力だけ持って、次の場所へ行くか。

転勤先で、俺は後者を選んだ。

形を変えて、努力は帰ってきた

転勤先でも、世の中はまだコロナ禍の真っ只中だった。

得意先への訪問は歓迎されない。
イベントも、会合も、軒並み自粛。

周りを見れば、多くの営業が活動を控えていた。

「今は動けない時期だから、仕方ない」

その空気は、正直、楽だった。
乗っかってしまえば、動かない言い訳になる。

でも、俺の中には、
あの消えたイベントの悔しさが残っていた。

あれだけ準備して、ゼロになった。
ここでまた何もしなかったら、
俺の努力は本当に、ただ消えただけになる。

だから決めた。

環境はみんな同じ。
その中で、できることを全部やる。

会えないなら、画面越しに会う。
オンラインでの商談を、片っ端から申し込んだ。

集まれないなら、集まらずに届ける。
オンライン配信でのイベントを企画して、形にした。

やってみて、気づいたことがある。

配信イベントの組み立ては、
あの消えたイベントの準備と、ほとんど同じだった。

誰に何を話してもらうか。
どういう順番で伝えれば、新商品の価値が届くか。

あの数ヶ月の準備で考え抜いたことが、
画面越しという形に変わって、そのまま活きた。

結果、新商品は広まった。

あの時の努力は、消えていなかった。

報われる場所と形を変えて、
ちゃんと、帰ってきた。

──努力は、報われる場所を選べない。
でも、努力した事実は消えない。

回収の日は、思ってもいない場所で来る。

俺はあの経験から、そう思うようになった。

今、報われていないあなたへ──そして俺がしていること

とはいえ、だ。

「努力はいつか報われる」と
無責任に言うつもりはない。

俺のケースは、たまたま回収の日が来た。
でも、報われるかどうかは、
本人にも、周りにも、誰にも分からない。

それが、鴨川会長の言葉の前半の重さだ。

だから俺は、ひとつだけ決めていることがある。

頑張っているのに、まだ報われていない人がいたら、
声をかけること。

先輩でも、後輩でも、関係なく。

大げさな激励じゃない。

「ちゃんと見てるよ」
「あの動き、得意先にはちゃんと伝わってると思う」

それだけだ。

やり方を否定もしないし、
「そのままいけば絶対大丈夫」と
無責任に保証もしない。

ただ、頑張りが誰かに見えている、
ということだけを伝える。

なぜかというと、
報われない期間の一番の敵は、
成果が出ないことじゃなく、孤独だからだ。

一人で全部抱えて走り続けると、
報われる日が来る前に、心が折れる。

誰かが見てくれている。
それだけで、もう少し走れる。

あの悔しかった時期の俺を支えたのも、
結局、そういう小さな一言だった。

努力が報われるまでの燃料は、
案外、それだけだったりする。

明日、報われない努力と付き合うために

じゃあ、明日から何をするか。

「いつか報われるから頑張ろう」では、
あの頃の俺は救えない。

もう少し実用的な3つを書く。

① 消えた努力の「中身」を書き出す

成果がゼロになっても、
その過程で身についたものはゼロじゃない。

俺の場合、消えたイベントの準備で
「誰に、何を、どの順番で伝えるか」を
考え抜いた経験が残っていた。

それが後のオンライン配信で、そのまま活きた。

報われなかった仕事があるなら、
「成果」ではなく「身についたもの」を書き出してみる。

それが、次の場所に持っていける荷物だ。

② 「環境のせいにできる時」こそ、できることを一つ増やす

あの時、動かない言い訳は山ほどあった。
実際、周りの多くは動きを止めていた。

環境が悪い時は、みんなの足が止まる。
だからこそ、その中で一つ動くだけで、差になる。

全部やれ、とは言わない。
「この状況でも、これならできる」を一つ見つけて、やる。

俺にとってそれが、オンラインだった。

③ 報われていない人に、「見てるよ」を伝える

自分が報われない時期を越えるのと同じくらい、
誰かの報われない時期に、声をかけることにも意味がある。

やり方の否定も、無責任な保証もいらない。

「ちゃんと伝わってると思う」

その一言が、誰かの折れそうな夜の燃料になる。

そして不思議なもので、
人にそれを言えるようになると、
自分の報われない時期も、少し歩きやすくなる。

まとめ:報われるとは限らん。しかし。

努力した者が、全て報われるとは限らない。

あの言葉の前半は、残酷な事実だ。
俺のイベントは消えたし、
あなたの頑張りも、今は報われていないかもしれない。

でも、後半がある。

成功の側には、必ず努力がある。

報われるかは選べない。
報われる側に立ち続けることは、選べる。

そして、努力は報われる場所を選べないが、
努力した事実は、消えない。

──今夜、「頑張っても無駄かもしれない」と
思っているあなたへ。

無駄かどうかは、まだ決まっていない。
回収の日は、思ってもいない場所で来る。

俺のイベントが、画面越しに帰ってきたように。

明日も、淡々と積んでいこう。
お互いに。

同じ夜を戦う、戦友へ

今夜も2冊、置いていきたい。

📖 鴨川会長の言葉を、物語ごと浴びたい人へ
『はじめの一歩』森川ジョージ

努力と報いについて、これほど正面から
描き続けているボクシング漫画はない。
会長の言葉は、歳を重ねるほど効いてくる。

📚 「報われるかどうか」を、科学の側から考えたい人へ
『運の方程式』鈴木祐

成功を分ける「運」を、科学的に攻略しようという一冊。
報われるかは選べない──なら、選べる側を増やそう。
この記事の考え方を、理屈で補強したい夜に。


このブログ「深夜の読書灯」では、
懸命に生きる父・事業主・サラリーマンが、漫画から学んだ「仕事術」や「生き方」を発信している。

同じ夜を過ごす戦友がいるなら、Xでも繋がりたい。

@shinyadokushoto

──今夜もまた、どこかで一つ、読書灯が灯る。

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