「仕事、楽しい?」
同期に飲みの席でそう聞かれて、
一瞬、言葉に詰まったことがある。
20代の頃なら、即答していた。
「楽しいよ」と。
勢いだけで走っていたあの頃は、それが本音だった。
でも、あの夜の俺は、すぐに答えられなかった。
楽しくないわけじゃない。
ただ、あの頃の「楽しい」と、今の「楽しい」が、
同じものじゃない気がして、言葉を探してしまった。
『ハイキュー!!』に、こんな意味の言葉がある。
勝負の世界を本当に楽しむためには、強さが必要なんだ、と。
コートに立てず悩む選手に贈られたこの言葉が、
サラリーマン15年目の俺の「詰まった理由」を、
きれいに説明してくれた。
「楽(らく)」と「楽しい」は、違う。
その話を書こうと思う。
勢いだけで、楽しかった時代
20代の俺の武器は、単純だった。
勢い。スピード。仕事量。
誰よりも早く動いて、誰よりも数をこなす。
提案の中身より、フットワークで勝負していた。
若さだけで押し切るような働き方だったけど、
それでも当時は、それなりに結果がついてきた。
得意先に顔を覚えてもらえる。
「あいつは元気がいい」と言ってもらえる。
小さな契約が決まる。
正直、楽しかった。
部活のノリの延長みたいなものだ。
仲間とワイワイやりながら、汗をかいた分だけ前に進む。
仕事とは、そういうものだと思っていた。
動いていれば、何かが起こる。
起これば、楽しい。
そのサイクルの中に、俺は確かにいた。
──ただ、そのサイクルが回らなくなる日が来る。
そのことを、当時の俺はまだ知らなかった。
歯が立たなくなった日々
変化は、ゆっくりやってきた。
経験を重ねて、任される得意先が大きくなっていった。
相手の役職も、商談の規模も、一段ずつ上がっていく。
それ自体は、順調なキャリアのはずだった。
でも、ある時期から、契約が決まらなくなった。
俺の提案は、いつも同じ型だった。
製品の特徴を並べる。
価格の安さを押す。
あとは勢いと熱意で押し切る。
小さな商談なら、それで通用した。
でも、大きな得意先は違った。
向こうはこちらの何倍も考えている。
自分たちの課題も、他社の製品も、市場のことも。
表面をなぞっただけの提案は、
数分で見抜かれる。
「検討しておきます」
その一言で終わる商談が、続いた。
勢いは、武器じゃなくなっていた。
むしろ、中身のなさを際立たせる照明になっていた。
あんなに楽しかった仕事が、楽しくない。
数をこなしても、汗をかいても、届かない。
ワイワイやっていたあの頃のやり方が、
どこにも通じない場所に、俺は立っていた。
悔しかった。
そして、その悔しさの正体を、
当時の俺はうまく言葉にできなかった。
──その悔しさに名前をつけてくれたのが、
『ハイキュー!!』のあの場面だった。
『ハイキュー!!』が教えてくれた、楽しさの条件
『ハイキュー!!』に、忘れられない場面がある。
主役級の選手の話じゃない。
思うように実力が伸びず、
仲間が立つコートを外から見ていた、
ひとりの控え選手の話だ。
中学までは、バレーは楽しいものだった。
仲間とワイワイやって、笑って帰る。
それで十分だった。
でも、本気の勝負の世界に入った途端、
その「楽しさ」は消えた。
実力が足りない。
コートに立てない。
仲間は先に行く。
楽しかったはずのバレーが、悔しさに変わっていく。
その選手に、ある大人が言葉をかける。
勝負の世界を本当に楽しむためには、強さが要るんだ、と。
ワイワイやる「楽しさ」を否定したわけじゃない。
ただ、本気の舞台には、もうひとつ上の楽しさがある。
高いレベルで、対等に渡り合うからこそ味わえる楽しさが。
そして、そこに届くには、強さがいる。
磨いた技術と、積み上げた練習が。
──この場面を読んだ時、
20代の終わりの自分を思い出して、胸が痛かった。
あの頃の俺は、この控え選手だった。
ワイワイやるバレーしか知らないまま、
本気の勝負の舞台に立たされて、
歯が立たずに悔しがっていた。
俺に足りなかったのは、気合いでも運でもない。
強さだった。
商談の場で言えば、
製品を語り尽くせる知識。
相手の課題を見抜く理解力。
業界と市場を読む視野。
そういう「強さ」を持たないまま、
俺は勢いだけで戦って、
楽しくないと嘆いていたんだ。
楽しくなかったんじゃない。
楽しむための資格を、まだ持っていなかった。
楽しさの質が変わった日
そこから、俺は戦い方を変えた。
正確に言えば、変えざるを得なかった。
勢いで押すのをやめて、
その分の時間を、勉強に回した。
自社の製品を、特徴の暗記じゃなく、
「誰の、何の役に立つのか」まで掘り下げて理解する。
業界の動きを追う。
競合を知る。
そして何より、相手を知ることに時間を使うようになった。
この得意先は、今、何に困っているのか。
どこを目指していて、何が障害になっているのか。
その中で、うちの製品はどこで役に立てるのか。
提案の作り方が、根本から変わった。
「うちの製品はここが優れています」から、
「御社のこの課題に、うちはこう貢献できます」へ。
主語が、自分から相手に変わった。
そして、ある大きな商談の日。
相手の課題を軸に組み立てた提案を、
相談を重ね、交渉を重ねて詰めていった。
結果は、それまでで一番大きな契約だった。
その帰り道のことを、今でも覚えている。
嬉しさは、もちろんあった。
でも、それ以上に感じたのは、別のものだった。
20代の頃、小さな契約が決まった時の
「やったー!」という楽しさとは、明らかに質が違う。
高い視座で考える相手と、対等に渡り合えた。
その上で、本当に相手の役に立つ形を作れた。
騒がしくない。
でも、深い。
ワイワイやる楽しさが「楽(らく)」だったとしたら、
これは、強さを積んだ先にしかない「楽しさ」だった。
あの控え選手に贈られた言葉の意味を、
俺は自分の商談で、ようやく本当に理解した。
──そして気づけば、
「仕事、楽しい?」に詰まることは、なくなっていた。
答えはこうだ。
「楽ではない。でも、楽しい」
明日、「楽しい」を取り戻すために
じゃあ、明日から何をするか。
「強くなれ」で終わらせたら、
あの頃の俺が読んでも、何も変わらない。
やることを3つに絞る。
どれも、俺が実際に変えてきたことだ。
① 自分の商材を、「誰の何に役立つか」で語り直す
製品の特徴なら、誰でも言える。
パンフレットに書いてあるからだ。
でも「この機能は、御社のこの業務の、この手間をなくすためにある」
と言えるかどうかで、提案の重さは変わる。
まずは自分の商材ひとつを選んで、
「誰の、何の役に立つのか」を自分の言葉で書き出してみる。
書けなかったら、そこが自分の弱さだ。
弱さが見つかれば、鍛える場所が決まる。
② 商談や会議の前に、相手の課題を1つだけ仮説立てする
相手を知ることは、一朝一夕にはできない。
でも、仮説を立てることは明日からできる。
「この相手は今、たぶんここに困っている」
外れてもいい。
仮説を持って臨むと、相手の話の聞こえ方が変わる。
答え合わせをしながら聞くから、会話が深くなる。
勢いで話す商談から、考えて聞く商談へ。
入口は、たった1つの仮説だ。
③ 楽しくない時期を、「これからの自分を考え直す期間」にする
今、仕事が楽しくないなら、
それは終わりのサインじゃない。
一度立ち止まって、考え直す時期が来ただけだ。
この舞台で、どうやったら俺はまだ戦えるのか。
自分の頑張り方だけを見ていなかったか。
相手が、チームが、今の状況が求めているものを、見ようとしていたか。
あの控え選手も、楽しくない時期に
自分と向き合って、自分の武器を選び直した。
そして、磨いて、コートに戻ってきた。
考え直した結果が見えたなら、
あとは楽しむための強さを積みに行くだけだ。
楽しくない時期は、
次の「楽しい」を設計し直す期間。
そう捉え直せるだけで、
今夜の踏ん張りの意味が変わる。
まとめ:「楽」を手放して、「楽しい」を取りに行く
20代の俺は、楽(らく)に楽しんでいた。
それはそれで、間違いなく青春だった。
でも、舞台が上がれば、楽しさの条件も上がる。
知識。理解力。相手を考える力。
その「強さ」を積んだ人間だけが、
本気の勝負を楽しめるようになる。
楽ではない。でも、楽しい。
その景色は、強くなった先にしかない。
──今夜、仕事が楽しくないと感じているあなたへ。
それはたぶん、あなたが弱いからじゃない。
一段上の舞台に、もう立っているからだ。
だったら、やることはひとつ。
まずは考え直すことから。
そして、楽しむための強さを積みに行こう。
同じ夜を戦う、戦友へ
今夜も2冊、置いていきたい。
📖 あの控え選手の「楽しくない時期」を見届けたい人へ
『ハイキュー!!』古舘春一
コートの中の話なのに、なぜか自分の仕事の話として読んでしまう。
そういう漫画だ。
📚 勢いの営業から、相手起点の営業に変わりたい人へ
『大型商談を成約に導く「SPIN」営業術』ニール・ラッカム
小さな商談で通用した売り込みが、
大きな商談では通用しなくなる──
俺が15年かけて体で学んだことが、研究として全部書いてある。
先にこれを読んでいれば、と思った一冊だ。
このブログ「深夜の読書灯」では、
懸命に生きる父・経営者・サラリーマンが、漫画から学んだ「仕事術」や「生き方」を発信している。
同じ夜を過ごす戦友がいるなら、Xでも繋がりたい。
──今夜もまた、どこかで一つ、読書灯が灯る。


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