新卒で、初めて営業に出た頃。
商品のことも、ろくに分かっていなかった。
社会人としても、半人前だった。
だから得意先の前では、よくこう言っていた。
「すみません、まだ新人なので」
笑いながら、少し頭を下げる。
そうすると、相手も笑って許してくれる気がした。
──でもそれは、相手が許していたんじゃない。俺が自分を許していただけだった。
「新人なので」は、便利な言葉だった
あの頃の俺にとって、その一言はお守りみたいなものだった。
聞かれたことに、うまく答えられない。
資料の中身を、うまく説明できない。
そんな時に「新人なので」と添えれば、
場の空気が少しやわらぐ。
ネタとして口にしている分には、まだよかったと思う。
緊張をほぐす、ちょっとした挨拶みたいなものだ。
問題は、その一言が言い訳に変わっていたことだった。
知らないことがあっても、新人だから仕方ない。
すぐに対応できなくても、新人だから許される。
口には出さなくても、
心のどこかで、そう思っていた。
──その甘えが得意先からどう見えていたのか、当時の俺は考えもしなかった。
得意先から見れば、新人もベテランもなかった
今なら分かる。
得意先にとって、目の前の営業は会社の代表だ。
商品のことを聞けば、答えが返ってくるはずの相手だ。
入社1年目か15年目かは、向こうには関係ない。
相手は、自分の時間を使って俺と会っている。
その時間に見合う答えを、期待している。
もちろん、新人に全部を求める得意先は少ない。
知らないことがあるのは、仕方がない。
でも、把握しておくべきこと。
きちんと対応すべきこと。
それは新人だろうがベテランだろうが、変わらない。
社会人として、やらなければいけないことだ。
「新人なので」は、その線を自分でぼかす言葉だった。
──そのことを、ある漫画の一場面が思い出させた。
席に座った以上は、プレイヤーだ
三田紀房の『インベスターZ』に、
初めて麻雀の卓についた主人公が、先輩に言われる場面がある。
初めてなんだから、負けて当然だ。
そう言う主人公に、先輩はこんな意味のことを返す。
初心者が勝てないのは、確かにその通りだ。
でも、席に座った以上は、ゲームに参加したプレイヤーだ。
勝負がついてから、ルールをよく知らなかったと言っても通用しない。
読んで、新人の頃の自分が浮かんだ。
俺は、得意先の前に座っていた。
名刺を渡し、会社の名前を背負って、その席にいた。
それなのに、「まだよく知らないので」と、
勝負の外にいるような顔をしていた。
席に座った時点で、もう始まっていた。
新人かどうかは、相手には関係がなかった。
──じゃあ、プレイヤーとして座るとは、どういうことか。
完璧じゃなくていい。でも、放っておかない
今の俺は、得意先の前に立つ時、
会社の代表として責任を持つつもりで座っている。
と言っても、完璧な人間になれたわけじゃない。
担当する分野が変わったことがある。
前の分野では、それなりに頼られる立場になっていた。
でも新しい分野では、知らないことだらけだった。
経験年数はベテラン。中身は新人。
得意先の前に座ると、新卒の頃と同じ感覚がよみがえった。
「まだ担当して間もないので」
喉まで出かかった。
でもそれは、あの頃の「新人なので」と同じ言葉だった。
分からないことは、今でもある。
ミスをすることも、ある。
変わったのは、その後だ。
分からないことがあれば、確認すると伝えて、すぐに調べて返す。
ミスをしたら、放っておかずに、すぐに動いて取り戻す。
「新人なので」で済ませていた頃は、
分からないことが、分からないまま終わっていた。
プレイヤーかどうかは、知識の量で決まるんじゃない。
分からない時、間違えた時に、
その後どう動くかで決まる。
漫画の主人公も、理屈では負けて当然だと分かっていながら、
やるからには負けたくないと思い直していた。
初心者であることは、勝負を降りる理由にはならない。
──初めてでも、慣れていなくても、座った以上は勝負の中にいる。
明日、ひとつだけ
分からないことやミスに気づいたら、
その場で「いつまでに返すか」を一言伝える。
「確認して、明日の午前中にご連絡します」
それだけでいい。
知らないことを、恥じなくていい。
ただ、知らないままにしない。
その一言を言った瞬間から、
俺は言い訳する側じゃなく、引き受ける側に立っている。
──今夜もまた、明日返す答えを一つ確かめてから、読書灯を落とす。
まとめ:座った以上は、プレイヤー
「新人なので」は、相手のための言葉じゃなかった。
自分を許すための言葉だった。
得意先の前に座った時点で、勝負は始まっている。
完璧じゃなくていい。
分からないこともミスも、その後で取り戻せばいい。
新人でも、担当が変わったばかりでも、
席に座った以上は、プレイヤーだ。
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📖 初めての席で、腰が引けている人へ
『インベスターZ』三田紀房
学校の投資部に入った主人公が、お金と投資の世界に飛び込んでいく物語だ。
このブログ「深夜の読書灯」では、
懸命に生きる父・事業主・サラリーマンが、漫画から学んだ「仕事術」や「生き方」を発信している。
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──今夜もまた、どこかで一つ、読書灯が灯る。


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